【米国:論文】リベラル世界秩序よ、安らかに眠れ

外交問題評議会のリチャード・ハース会長は、神聖ローマ帝国の没落とハース氏の言う「リベラル世界秩序」の没落を同一視しているようです。

「リベラル世界秩序」というものが本当に存在していたとして、それはトランプ大統領の出現以前に十分な機能を果たしていたのでしょうか?

例えばシリアの問題は、トランプ以前からあったことであり、化学兵器使用に対して軍事行動を起こしたのはトランプ政権でした。北朝鮮問題も同様で、トランプ政権後に少なくとも進展を見せており、その全体主義国家での人権問題に直接的な非難を行ったのはトランプ氏その人でした。

ハース氏の論文から、果たして「リベラル世界秩序」の正当性を示す根拠を見出すことができると言えるでしょうか。同氏が本当に問題視していることは何かが、行間から読み取れるような気がします。

Post 2018/03/30 17:01

Coucil ForeignRelations   by Richard N. Haass  Originally published at Project Syndicate March 21, 2018】

リベラル世界秩序はその主要な立案者である米国により危機に瀕している

(ニューデリー)神聖ローマ帝国が約1千年続いた後、フランスの哲学者で文学者のヴォルテールは、衰退しつつある神聖ローマ帝国は、神聖でもなく、ローマでもなく、帝国でもないと皮肉を込めて言った。それから2世紀半が過ぎた現在、ヴォルテールの言葉を言い換えるなら、衰退しつつあるリベラル世界秩序は、リベラルでもなく、世界的でもなく、秩序立ってもいないということが問題となっている。

米国は第二次世界大戦後、英国や他の国々と緊密に協力して、リベラル世界秩序を確立した。30年のうちに2つの世界大戦をもたらした状況が、決してもう二度と起こらないようにするのが目標だった。

それを達成するために民主主義国は、法の支配に基づき、国家の主権と領土の保全を尊重するという意味で、リベラルな国際体制を作り上げることに着手した。人権は保護されるべきものであった。このようなことは全て全地球規模で適応されるべきものとされ、同時に、そこに参加することは全ての国に開かれたものであって、自由意思に任されたものであった。国際機関が平和(国際連合)、経済発展(世界銀行)、そして貿易と投資(国際通貨基金とその後の世界貿易機構)を促進するために設立された。

このようなこと全て、またそれ以上のことを支えたのは、米国の経済力と軍事力、ヨーロッパとアジア各地の同盟ネットワーク、そして核兵器であり、それらが侵略を抑止する役目を担っていた。それゆえに、リベラル世界秩序は民主主義国に受け入れられる理念に基づいていただけでなく、ハードパワーにも基づいたものであった。これは、明らかにリベラルなソビエト連邦でも失われることは全くなかった。もちろん彼らはヨーロッパと世界中で形成された秩序に対しては、根本的に異なる考え方をもっていたのだが。

リベラル世界秩序は、冷戦が終わり、ソビエト連邦が崩壊してもかつてないほどに堅固であるかに思えた。しかし四半世紀が過ぎた今日、その未来は不確かだ。事実3つの構成要素 — リベラリズム、普遍性、そして秩序自体の維持 — は、70年の歴史の中でかつてないほどの困難に直面している。

リベラリズムは後退しつつある。民主主義国は高まるポピュリズムの影響を感じている。ヨーロッパでは極端な政党が支持率を伸ばしている。英国でEU脱退を支持する投票結果が出たことで、エリートの影響力が失われたことが証明された。米国でも大統領が自国のメディア、法廷、法執行機関を非難するという前代未聞の事態が起きている。中国、ロシア、トルコといった全体主義体制はさらに頭でっかちになった。ハンガリーやポーランドのような国では、自分たちの歴史の浅い民主主義が辿ろうとしている運命に無関心のようだ。

世界のことを全体として話すことがますます困難になっている。それぞれの地域がそれぞれの性格を持った、地域的な秩序 — あるいは中東で最も顕著なのは無秩序だが — が出現するのを目の当たりにしているところだ。地球規模の枠組みを作ろうとする試みは失敗している。保護主義が台頭しており、直近の国際貿易交渉が実を結ぶことはなかった。サイバー空間の利用を統制するルールはほとんどない。

同時に大国同士の競争が復活しつつある。ロシアはヨーロッパでの国境変更のために武力を用いた時、国際関係の最も基本的な基準を犯し、2016年の選挙に影響を及ぼそうという取り組みによって米国の主権を侵害した。北朝鮮は、核兵器拡散に反対する国際社会の強い意見の一致を嘲笑した。世界はシリアとイエメンで繰り広げられる非人道的な悪夢を傍観してきた。国連やそれ以外でも、シリア政府の化学兵器の使用に対してほとんど何もせずにいたのだ。ベネズエラは破綻しつつある。現在、世界で100人に1人が難民か国内非難民となっている。

このようなことが起こることには、またそれが今起きているのにはいくつかの理由がある。ポピュリズムの高まりは、停滞する収入と雇用喪失に呼応したものという一面もあり、新技術によるところも大きいが、輸入と移民のせいだと考えられている。指導者が権力を補強するために、ナショナリズムを道具として利用することがますます増えている。また国際機関は、新たなパワーバランスと技術に適合することができていない。

だが、リベラル世界秩序が弱まっているのは、何よりも、米国が態度を変えたことによるものだ。ドナルド・トランプ大統領の下で、米国は環太平洋パートナーシップへの不参加を決め、パリ気候協定からの離脱を決定。北米自由貿易協定とイラン核合意からの離脱をちらつかせた。一方的に鉄鋼とアルミの関税を課し、他国も使用できる正当化(安全保障)に頼り、世界を貿易戦争の危険に晒しているところだ。NATOや他の同盟関係に対する関与にも疑問を提起した。また民主主義や人権についてはめったに語ることはない。「アメリカ第一」とリベラル世界秩序は相容れないものであるようだ。

米国を名指しして批判したいというわけではない。今日、EU、ロシア、中国、インド、そして日本を含む他の大国についても、行動を取ることや取らないこと、またその両方を理由に批判しても良いだろう。だが、米国は単にもう一つの国というだけではない。それはリベラル世界秩序の主要な立案者であり、主要な支援国だったのだ。また主要な受益者でもあった。

米国が70年以上果たしてきた役割を放棄すると決断するなら、それは転機をもたらす。リベラル世界秩序はそれ自体では存続できない。というのも他者がそれを維持するための利益も手段も失うからだ。結果として、米国人にとって、またそれ以外にとっても自由がなく、豊かさもなく、平和のない世界となるだろう。

執筆者  リチャード・N・ハース (Richard N. Haass):
米国防総省、国務省勤務を経て、ブルッキングス研究所副会長。ジョージ・W・ブッシュ政権の国務省政策企画局長を経て、2003年7月から米外交問題評議会(CFR)会長。ブッシュ政権内ではアフガニスタン特使、コリン・パウエル前国務長官の外交顧問も務めた。
リチャード・ハース博士は、外交問題評議会(CFR)の会長となってから15年目。同団体は独立した超党派の会員制組織、シンクタンク、出版、教育機関であり、米国と他の国が直面する世界と外交上の政策の選択肢を理解するための資源となるべく尽力している。

(海外ニュース翻訳情報局 泉水 啓志)

 

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