【カナダ署名表明:意見】カナダのTPPでの『勝利』はトルドー政府が誇るほど華やかなものではない

先週の世界経済フォーラム(ダボス会議)において、カナダのトルドー首相が環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に署名すると表明したことは、日本の複数のメディアでも(おおむね好意的に)取り上げられました。しかし、長引いていた合意の原因となっていたカナダにとって、今回の署名表明は必ずしも諸手を挙げて喜べるようなものではないというのが、カナダ在住のアナリスト、ダニー・ラム氏によるこの分析です。アジアタイムズ紙からの記事をご一読ください。

Post 2018/01/29  17:31

【Asia Times by DANNY LAM  2018/01/26】

東京で今週、包括的および先進的な環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)、別名TPP11の交渉が決着した際、カナダはそれを偉大な「勝利」と宣言した。トルドー首相は世界経済フォーラムにおいて、もしアメリカがNAFTA(北米自由貿易協定)に対する要求を取り下げないのであれば、カナダにとってはCPTPPという選択肢ができたと暗にほのめかした。

アメリカのウィルバー・ロス商務長官は世界経済フォーラムに出席するためにスイスのダボスに到着した際、そのコメントに不機嫌さを隠さなかった。

さかのぼること昨年11月、カナダ-中国間の自由貿易協定に向けての公式なオープニングに出席するために中国に出発する前日のことだ。間際になってTPP11の内容に異議を唱えたトルドーは、フランソワ=フィリップ・シャンパーニュ国際貿易相とともに、TPP11の署名式典を欠席した

当時、中国との自由貿易協定を速やかに締結することで、カナダはTPPとNAFTAに対する選択肢ができると考えていた。ところが、中国との議論が難航し、トルドーは再びTPP議論に向き合わざるを得なくなった。他の協定加盟国からの信用をなくした状態で。

幸運なことに、今回東京でのTPP11の交渉に、トルドーはカナダ代表としてシャンパーニュの代わりにバンクーバー経済委員会のイアン・マッケイを送り込むことができた。これにより、カナダは再スタートを切れたようなものだ。

去る11月、カナダは署名式典のわずか20分前に、労働基本権、環境に関する規律、原住民の権利、男女共同参画などの「先進的要素」を含めることを要求し、いきなり合意を中断させた。それはすでに修正済みのTPPをまた何年分も後退させてしまうほどの要求といえた。しかしその後、TPP11共同議長国のオーストラリアと日本は、まるで奇跡のようにカナダの要求をなんとか取り入れ、3月8日のチリでの協定への署名へとこぎつけた。

論点となった「先進的な」協議事項

トルドー政権の「先進的な」協議事項、特に、評判の人種間平等公約には問題がある。ましてやそれを東アジアの視点で見たときには。トルドーは自身の2015年の最初の内閣が、様々な人種や性別を含んで「まるでカナダのよう」だと誇らしげだったが、いくつかの重要な人種、たとえば中国系カナダ人はそこにはいなかった。何度かの内閣改造を経ても、状況はいくぶんましになった程度にしか過ぎない。

カナダの「先進的な」味付けの要求が、ほとんど東アジアの国々からなるTPPの参加者に受けが良くなかったのは、特に驚くべきことではない。そしてそれは、中国との交渉においても同様の結果だった。

TPP加盟国の目から見ると、カナダの要求はカナダ政府による長年の人種差別主義を強調するものだ。結局、その要求はあっさりと退けられ、新しい政策においては、ほぼ実体を伴わない序文中の華麗な文言に落ち着いた。リベラルがごり押しした労働と環境についての「勝利」はそもそも、スティーヴン・ハーパー前首相の保守政党によって、オリジナルのTPP案に組み込むよう既に交渉されていたものだ。

この協定での、カナダにとってのもうひとつのいわゆる「勝利」は、日本とカナダ双方向の貿易における非関税障壁に対する紛争解決メカニズムを組み込んだことだ。しかしこれは、問題が表面化した際に諸刃の剣としてカナダを驚かせることになるだけかもしれない。

文化保護の項目を残せたことは、ひとつの大きな業績だと誇れるだろう。たとえ文化産業の保護というカナダの要求が後付けの理由だったとしても。この件は結局、CPTPP協定に対して「法的な拘束力のある」補足文書という形になった。その補足文書はどうやら各国ごとに交渉されており、内容は公表されていない。

カナダが要求した知的財産の章が保留された件はたいしたことではない。なぜならそれは、アメリカがTPPに加入する際に間違いなく再度取り上げられるからだ。もっとも、ドナルド・トランプは、NAFTAが再交渉となった場合にTPPへの加入を再検討すると言っているにすぎないが。

拒否権は過去の話だ

おそらくカナダにとって最大の、そして最も危険な譲歩は、近年記憶されている限りにおいて、主要国首脳会議(G8)からのロシアの排除を除いては、総意に基づいて運営されている国際的組織の厳しいルールが、主要な民主的工業国によって放棄されたということだろう。それはいわば、カナダはTPP協定において拒否権を奪われてしまったようなものだ。

日本は、カナダの加入は協定を進めるためにもはや必要とされていないと宣言した。もしまた11月のときのようにカナダが手に負えない問題を提示してきた場合、カナダ以外の加盟国は3月8日のチリでの署名式典にカナダ抜きでそのまま進むだけだ。

これが実質上意味しているものは、カナダが提案しているすべての変更案が、文化保護の補足文書も含めて、完全に他のCPTPP加盟国にとっては任意の譲歩にすぎないということだ。カナダはもはや以前のように全体の協定に対して同意を保留することも、そして譲歩を引き出すためにその保留を使うこともできない。なによりも、このことが「おまけのような」カナダに対して意味のある譲歩がほとんどなされることはないと保証している。

カナダにとっては、TPP11に加盟するために拒否権を失うというこのような屈辱を受け入れることは、自国の評判と信用がここまで地に落ちてしまったという明白な証拠だ。このことはまた、NAFTAの後継協定での交渉がうまくいかなかった際に、アメリカがカナダとメキシコに一方的な要求を突きつける場を用意することになるだろう。

執筆者 :ダニー・ラム(Danny Lam)
カナダに拠点を多くアナリスト 寄稿された意見は個人的な意見であり、筆者が所属する組織を代表するものではありません。出版時には、明示的に開示されていない限り、既知の利益相反はありません。出版者は出版時点で言及された有価証券の地位を保持しませんが、発行後はいつでも変更される可能性があります。

(海外ニュース翻訳情報局 浅岡 寧)

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